民法第469条から第473条までの規定は,講学上,証券的債権に関する規定である。これらの規定の適用対象が必ずしも明らかではないという問題がある。
民法第469条から第473条までに規定されている指図債権,記名式所持人払債権及び無記名債権は,いずれも債権の譲渡性を高めるために債権と証書(証券)とを結び付けたものであり,講学上,証券的債権といわれている。一方,商法には,有価証券に関する通則的な規定が置かれており(同法第516条第2項,第517条から第519条まで),この両者の関係は,必ずしも明確ではない。
有価証券とは区別される意味での証券的債権は,現実にはほとんど存在しないともいわれており,これらの有力な見解も証券的債権に関する独自の規定を設ける意義を積極的に主張しているわけではないと指摘されている。
無記名債権は,民法第86条第3項で動産とみなされることにより,証券の交付が譲渡の対抗要件とされ(同法第178条),即時取得(同法第192条)による譲受人の保護が図られることになる。
(1) 有価証券の定義の要否及び規定の適用範囲
1 有価証券の定義規定
現行法の下でも,例えば,商法(同法第518条,第519条など),民事執行法(同法第122条,第136条など),非訟事件手続法(同法第156条など)等,有価証券の語を定義しないで用いている法律が多数存在しており,それで特に問題も生じていないとの指摘がされている。
2 規定の適用対象とする有価証券の範囲
民法第469条から第473条までの規定が有価証券に適用されているとの見解によれば,その有価証券とは債権を表章するものを意味していると考えられる。また,商法は「金銭その他の物又は有価証券の給付を目的とする有価証券」に適用されると規定している(同法第518条,第519条参照)
1.物権を表章する有価証券や,2.社員権を表章する有価証券等については,それぞれに固有の問題が多いことが指摘されている。
(2) 有価証券の譲渡の要件に関する規定
民法第469条は,指図債権の譲渡について,譲渡の裏書及び証書の交付が対抗要件であると規定する
1 指図証券の譲渡について
現行法上,指図証券の譲渡について明文の規定は置かれておらず,民法第469条が,指図債権の譲渡について,裏書と証書の交付を譲渡の対抗要件としているだけである。
2 持参人払証券の譲渡について
現行法上,無記名証券・選択無記名証券の譲渡については,明文の規定が置かれていないが,無記名債権は,民法第86条第3項の適用を受け,動産とみなされることから,無記名債権の譲渡は,証券の引渡しが譲渡の対抗要件とされることになる(同法第178条)。
(3) 有価証券の善意取得に関する規定
有価証券の流通の保護を図る観点から,一定の場合には,無権利者からの証券の譲受人が善意取得により保護される必要があると考えられるが,民法上,無記名債権についてのみ,動産とみなされて即時取得の規定が適用されているが,その他の証券的債権については規定が置かれていない。
1 指図証券の善意取得について
民法は,指図債権の善意取得に関する規定を置いていないが,商法第519条の適用を受ける有価証券については,同条において小切手法第19条及び第21条が準用されていることにより,裏書が連続した指図証券の占有者に形式的資格が付与されるとともに,裏書が連続する指図証券を裏書により譲り受けた指図証券の譲受人が,譲渡人の無権利等について善意無重過失である場合には,当該指図証券を取得することができることとされている。
2 持参人払証券の善意取得について
現行法上,民法第86条第3項が,無記名債権を動産とみなしていることから,無記名債権の証書の所持人には,形式的資格が認められ(同法第188条),譲受人は,同法第192条の要件を充足する場合に善意取得により保護されている。他方,記名式所持人払債権については,善意取得に関する規定が置かれていない。また,商法第519条が小切手法第21条を準用していることから,商法第519条の適用を受ける有価証券については,証券の交付を受けることにより持参人払証券を取得した譲受人が,譲渡人の無権利等について善意無重過失である場合には,当該持参人払証券を善意取得することとされている。
譲渡人が無権利の場合にのみ,善意取得による譲受人の保護が認められるとする見解は,善意取得は,譲渡人の形式的資格に対する信頼を保護する制度であるところ,形式的資格の効果としては,証券の占有者が権利者として推定されるにとどまり,証券の占有者が代理権を有することや制限行為能力者でないことが推定されるわけではないため,善意取得の適用はないとするものである。
3 裏書の連続の有無に関する判断基準
手形法・小切手法上,善意取得が認められるためには,裏書が連続している手形や小切手の取得者であることが必要であるとされているが,裏書の連続については,形式的でなく柔軟に判断されるべきであるという指摘がある。具体的には,裏書の連続が欠けている場合でも,裏書の連続が欠けている部分について実質的権利移転の立証がされた場合には,善意取得が認められるべきであるという指摘がある。
(4) 有価証券の債務者の抗弁の切断に関する規定
現行法上,有価証券については,取引の安全を図り,流通を促進するために,証券に記載されている事項及び証券の性質から当然に生ずる結果を除き,有価証券の取得者に対して抗弁を主張することができないとされている。
指名債権の譲渡については,債務者が異議をとどめない承諾をしない限り,債務者は,譲渡人に対して主張することができた事由を譲受人に対抗することができるとされている(民法第468条)。これに対して,民法第472条は,指図債権の譲渡について,証書に記載した事項及びその証書の性質から当然に生ずる結果以外の抗弁を,善意の譲受人に対して主張することができないとしており,無記名債権に関する同法第473条も,この同法第472条を準用している。これらの規定は,指名債権の譲渡に比して証券的債権の流通を保護する必要があることから,置かれたものである。また,商法には抗弁の切断に関する規定が置かれていないため,商法の適用を受ける有価証券についても,民法第472条又は第473条が適用されると解されている。他方,手形法第17条や小切手法第22条にも,流通保護の観点から,人的抗弁が原則として切断される旨の規定が置かれている。手形法等は,民法第472条とは異なり,条文上,「その証書の性質から当然に生ずる結果」について明記していないが,「その証書の性質から当然に生ずる結果」については,無因証券である手形・小切手の性質上,常に譲受人に対抗できるとは考えられておらず,これも抗弁の切断の対象となる。
(5) 有価証券の債務の履行に関する規定
民法には,証券的債権に係る債務の履行について特別な規定は置かれていないところ,有価証券上の権利の行使については,証券の呈示及び受戻しが必要であり,また,民法の原則と異なり取立債務であるとされている。
他方,民法第470条及び第471条においては,指図債権等について債務者の注意義務及び支払免責の要件が規定されているが,無記名債権については規定がなく,商法にも有価証券に関して規定が置かれていない。
(6) 有価証券の紛失時の処理に関する規定
現行法上,民法施行法第57条において,除権手続により証券を無効とすることができる旨の規定が置かれており,また,商法第518条が,除権手続の公示催告の申立て後の権利行使方法について規定している。
免責証券に関する規定の要否
現行法には規定がない
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