相殺の規定の見直しに当たっては,相殺の要件について,判例法理等を踏まえた規定の明確化を図ることのほか,第三者による相殺の可否等を検討するとともに,相殺が禁止される範囲の妥当性について検討する必要がある。
相殺の効果についても,遡及効を認めることの要否について検討する必要がある。
相殺の担保的機能に対する相殺権者の期待と他の債権者との利害調整をめぐり,法定相殺と差押えとの関係を始めとする諸問題の検討をする必要がある。
・相殺の要件(民法第505条)
(1) 相殺の要件の明確化
民法第505条第1項は,相殺の要件として「双方の債務が弁済期にある」ことを要するとしているが,判例は,受働債権の弁済期が到来していない場合でも相殺が認められる。
民法第505条第1項は,相殺の要件を規定しているが,形式的な条文の文言から必ずしも読み取れない要件が,解釈により認められているということが指摘されている。
(2) 第三者による相殺の可否
民法第505条第1項は,二当事者間に対立する債権が存在することを相殺の要件としている。
(3) 相殺禁止の意思表示
民法第505条第2項は,当事者が反対の意思を表示した場合は相殺をすることができないとした上で,当該意思表示は「善意」の第三者に対抗することができないとしている。
・相殺の方法及び効力(民法第506条)
現行民法は,相殺の要件として当事者の一方による意思表示を必要とした上で(民法第506条第1項),その効力が相殺適状の生じた時に遡及して生ずるとしている(同条第2項)。
実務上,相殺に遡及効が認められることにより,既払いの遅延損害金等の処理が煩雑になることを防止するため,実務上は特約により,相殺の意思表示がされた時点で差引計算をするという処理がされていることが指摘。
現行民法が相殺に遡及効を認めたのは,1.相殺適状にある債権債務については,当事者は相殺適状の生じた時点で既に清算されたものと期待するのが通常であることから,遡及効を認めた方が,このような当事者の期待に合致しているといえることや,2.遅延損害金の率が異なる二つの債権を相殺する場合に,遡及効を認めなければ,意思表示の時期が遅くなることにより一方当事者が多くの遅延損害金を支払わなければならなくなるという不公平が生じ得ることが理由とされる。
1 時効消滅した債権を自働債権とする相殺(民法第508条)の見直しの要否
現行民法は,時効によって消滅した債権についても,消滅以前に相殺適状にあった場合に,当該債権を自働債権とする相殺を認めている(同法第508条)
時効消滅した債権を自働債権とする相殺についても,規定を見直すことを検討する必要があると指摘されている。
民法第508条を見直す場合には,相殺適状にある債権債務が清算されているという当事者の期待を保護しつつも,これを合理的な範囲で制限し,時効期間が満了した債権の債務者に,時効援用の機会を確保するという視点が重要であるという指摘がある。
時効期間が満了した債権についても,当該債権の債務者による時効の援用までは,債権者が相殺することを認めつつ,債権者による相殺の通知後,2か月以内に債務者が時効を援用した場合には,相殺が認められないとしている。
・不法行為債権を受働債権とする相殺(民法第509条)
民法第509条は,不法行為によって生じた債権を受働債権とする相殺を禁止している。この規定は,①被害者の損害を現実に填補することによる被害者の保護と②不法行為の誘発の防止を理由とするものとされているが,これらの理由からは不法行為債権を受働債権とする相殺のすべてが禁止される必然性がなく,相殺による簡易な決済が過剰に制限されているのではないかという指摘がある。
※下記の内容を提示されている
[A案]民法509条を維持した上で,当事者双方の過失によって生じた同一の事故によって,双方の財産権が侵害されたときに限り,相殺を認めるという考え方
[B案]民法509条を削除し,以下のいずれかの債権を受働債権とする場合に限り,相殺を禁止する
・支払の差止めを受けた債権を受働債権とする相殺の禁止(民法第511条)
(1) 法定相殺と差押え
債権差押え等により支払の差止めを受けた第三債務者は,その後に取得した債権を自働債権とする相殺をすることはできないとされている(民法第511条)が,受働債権が差し押さえられた場合に,第三債務者が相殺することができるためには,差押え時に自働債権と受働債権の弁済期がいずれも到来していなければならないか,また,到来している必要がないとしても自働債権と受働債権の弁済期の先後が問題となるかという点が,必ずしも条文上明らかではない。この点について,判例は,受働債権の差押え前に取得した債権を自働債権とするのであれば,自働債権と受働債権との弁済期の先後を問わず,相殺をすることができると判示している。
※下記の内容を提示されている
[A案]受働債権の差押え前に自働債権を取得している限り,自働債権と受働債権の弁済期の先後を問わず,第三債務者は相殺できる。
[B案]差押えの時点で両債権の弁済期が未到来の場合は,受働債権の差押え前に自働債権を取得し,かつ自働債権の弁済期が受働債権の弁済期よりも先に到来する場合に限り,第三債務者は相殺できる。
(2) 相殺予約の効力
※下記の内容を提示されている
[A案]相殺予約の効力を差押債権者等に対抗することを一律に認める。
[B案]相殺予約の効力を差押債権者等に対抗することができるのは,自働債権及び受働債権が,相互に信用を供与しあうという社会的な定型性を有すると認められる関係にある場合に限られる。
[C案]相殺予約の効力を差押債権者等に対抗することができるのは,自働債権の弁済期が受働債権の弁済期よりも先に到来する場合に限られる。
・相殺権の濫用
個別的な相殺禁止の規定に抵触するわけではないが,一般債権者との関係で公平の理念に反する等の場合には,裁判例や学説上,権利濫用の法理により相殺が認められないとされる場合がある(相殺権の濫用)。
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