(1) 動機の錯誤
判例は,動機の錯誤であっても,動機が明示あるいは黙示に表示されて法律行為の内容となり,それが法律行為の要素に当たれば,同条の適用があるとしている。
意思表示についての伝統的な考え方によると,錯誤とは,内心の効果意思(一定の法的効果を欲する意思)と表示の不一致を表意者自身が知らないことであると説明されている。例えば,言い間違い,書き間違いのようないわゆる表示上の錯誤は,内心的効果意思と表示の不一致があるから,錯誤に当たる。また,表示行為の意義に関する錯誤(例えば,ポンドとドルは同じ価値の通貨だと誤解して,1ドルで買うつもりで1ポンドと表示した場合)も,内心的効果意思と表示の不一致があるから,錯誤に当たる。
これに対し,意思形成過程に錯誤があるにすぎない動機の錯誤は,内心的効果意思と表示との間に不一致がないから,伝統的な理解からすると,錯誤には当たらない。
実際に錯誤が問題となる事例の多くは動機の錯誤であること,動機の錯誤と他の錯誤との区別は必ずしも明瞭ではないことなどからすると,動機の錯誤についても,表意者の保護を図るべきであるとされる。もっとも,動機の錯誤をすべて無効とすると,取引の安全が害されるため,表意者保護と取引の安全との調和という観点から要件を考える必要がある。
判例は,動機の錯誤であっても,動機が明示あるいは黙示に表示されて法律行為の内容となり,それが法律行為の要素に当たれば民法第95条の適用があるとしている(最判昭和29年11月26日,最判昭和47年5月19日,最判平成元年9月14日等)。
基本的にこのような判例の定式に従って,動機の錯誤も一定の場合に「錯誤」の対象となることを明らかにすべきであるという考え方が提示されている。具体的には,動機の錯誤という従来の概念を,事実に関する認識の誤りという意味で事実の錯誤と表記した上で,この事実の錯誤については,表示錯誤(表示上の錯誤)の取扱いと区別し,事実の誤った認識が法律行為の内容とされることを錯誤の要件とする。
動機の錯誤が「錯誤」の対象となるための要件は,引き続き解釈にゆだねるべきであるとする。
(2) 要素の錯誤の明確化
民法第95条は,錯誤により意思表示が無効となるのは「法律行為の要素に錯誤があったとき」としているところ,この「要素」の具体的内容は,条文上明らかではない。
判例は,意思表示の内容の主要な部分であり,この点についての錯誤がなかったら,表意者は意思表示をしなかったであろうし(因果関係),かつ,意思表示をしないことが一般取引の通念に照らして正当と認められること(重要性)としている(大判大正3年12月15日,大判大正7年10月3日等)。
(3) 表意者に重大な過失があったとき(民法第95条ただし書)
民法第95条ただし書によると,表意者に錯誤につき重大な過失があったときは,表意者は,錯誤による意思表示の無効を主張することができない。
表意者に錯誤につき重大な過失があったときでも錯誤による意思表示の無効を主張することができる場合を具体的に列挙して,条文上明確にすべきである。
単純な書き間違いなどで,表意者に重大な過失が認められる場合には,相手方もそれに容易に気付くことができたと考えられる場合が少なくなく,このような場合にも,表意者の犠牲の下に相手方を保護する必要はないとする。
共通錯誤の場合は,表意者に重大な過失があっても,表意者による無効の主張を制限すべきでないとする見解が有力であり,これを明文化すべきである。
手方が表意者の錯誤を引き起こしたときは,それによるリスクは相手方が引き受けるべきであり,表意者に重大な過失があることを理由に表意者による無効の主張を制限すべきでないとする見解が有力であり,これを明文化すべきである。
(4) 効果
意思表示に錯誤がある場合の効果は,条文上,無効とされているが(民法第95条),この点については,原則として表意者以外の者が無効を主張することは許されないという判例法理が確立しているなど,その効果は取消しとほとんど異ならないと指摘されている。
無効は,本来,初めから何らの効果も生じない状態であるとされ,誰からでも誰に対してでも主張し得るものであるから,錯誤について原則として表意者以外の者による無効主張が許されないとすると,その効果は,取消しに近いものとなる(取消的無効)。
取消しの特徴には,取消権者の範囲が限定されること(民法第120条)のほか,取消権の行使に期間制限が設けられていること(同法第126条)がある。しかし,錯誤では,この期間制限に関しても,表意者が錯誤無効を主張することができる状況にあるのに長期間それをしなかった場合には,信義則ないし権利失効の原則の適用によってその主張ができなくなることがあると解されており,取消しとの差異はほとんどないとの指摘もされている。
錯誤による表意者の損害賠償責任
錯誤無効を主張したために相手方や第三者が損害を被った場合について,現行民法は特段の規定を置いておらず,不法行為(同法第709条)等の要件を備えた場合に限って,表意者は損害賠償責任を負う。
錯誤者は過失が無くても損害賠償の義務を負うという趣旨を含めて,錯誤者の損害賠償責任についての明文規定を設けるべきである。
錯誤者の損害賠償責任については,不法行為法の一般原則にゆだねるべきであり,特則を置く必要はないとする。
(5) 第三者保護規定
錯誤によってされた意思表示の存在を前提として,第三者が当該法律関係に新たに利害関係を有するに至った場合に関して,民法第95条には,このような第三者を保護する規定が設けられていない。しかし,詐欺により錯誤に陥った場合に,詐欺を主張するか錯誤を主張するかによって第三者が保護されるかどうかが異なるのは不合理であるなどの理由から,錯誤無効の主張に対しても民法第96条第3項を類推適用すべきである。
詐欺の場合には,要素の錯誤でなくても,また,表意者に重過失があっても表意者が保護されることから,それとのバランスを考慮して第三者保護規定が置かれたのであるなどと指摘して,同項の類推適用をすべきではないとする。
実務上錯誤が問題となる事例の多くは動機の錯誤であるところ,詐欺によらない動機の錯誤の場合には,詐欺の場合と比べて表意者の要保護性が乏しいことが少なくないという指摘もある。
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